一年点検

建築は引き渡し後の一年目に「一年点検」を行う。
四季を通じ寒暖を経験し、乾燥したり湿潤になるなどして建物は動き、落ち着き始める。例えば枠が動き歪めば引戸が渋くなったりする。壁の隅に隙間が空く事もあるし、機器類に不具合が出ているかもしれない。クライアントと施工者、設計者の3者で検査を行う。ここまでが設計業務になる。建築が遠方だったり条件によっては施工者に任せる事はあるものの、基本的にはやはり自分自身で確認をする。

なかなか行けずに居たものの先日、竣工後1年半を経過した音更のお寺を点検してきた。765㎡の木造建築、想像以上に落ち着いていた。構造計算をした事もあり構造用合板でガッチリ固めているし、地盤は良い事もあるだろう。もちろん、施工が優れている事も見逃せない。引戸がとても多いのに渋い所がなかったのには驚かされた。

早急に対処すべきところ、もう少し経過を見たいところなど様々。もう一冬を越した来春以降に主な対処と調整をと話し合う事が出来た。2冬経験出来れば建築はより落ち着く。手を掛けるならより望ましい。


一年点検にはもう一つ、確認したい事がある。どう使われているか、住まわれているか。これはとても気になる。住宅一つでも設計は最短でも1年程を要する。様々を話し合い、検討を繰り返し、決める。その成果を確かめねばと思う。

実はこれがオーナー(設計時のクライアント)に緊張を強いてしまう様だ・・・ただこれは、設計者が設計業務において最後に出来る仕事なのだと思う。私が来ると緊張すると言われる事もあるけれど、それは楽しみでもある。興味が無ければ訪ねる事もないし、実際に訪ねてあれこれ文句を付ける事も無い。ただ少し、私が来て僅かな緊張を作れるのなら、日常生活にもハリが出たらと思わないでもない。


お寺の坊守「どうですか?」と聞かれた。元々のお寺では経年の末にものは増え、置き場が無く、廊下や本堂の後ろに積み上げられていた。一度積み始めたら際限がなくなる。それをどう改善するか、若坊守とは長々と話し合った経緯があった。意図しておいたものと、意図せず積み上げられたものとは全く違う。ものが少なく生活感の無い状態を求めるつもりはまるで無い。必要な清潔感が欲しい。

お寺にあっては積み上げられたものが心に障る事がある。設計時に道内道外に多数の事例を見学した。整然としたお寺は実は少なく、多くが何かしらものに溢れていた。住宅なら後に何かしら出来る可能性はあるけれど、きっとお寺なら難しいだろう。そういう状態にならない様に設計は進めた。人と人が会い、手を合わせられる素直で健やかな空間を求めて。

今年はコロナ禍でもあり一般的な行事は縮小か中止、これまでの利用とは異なっていたものの、葬儀が幾つか行われたらしい。葬儀は、今は祭儀場で行うのが一般的だ。けれど、最後に送るならとここでと選ばれ行われる事が既に数回なのだそうだ。この日も大きな葬儀の後だった。送るに相応しいと思われている事、それが特別に嬉しい。

伝統的な本堂はないお寺、伝統的な本堂を建築するならこのお寺が2つか3つ建てられる。ローコス、コストを下げても質を求めた我々の成果を知る。

訪ねたお寺が綺麗なまま、大きな葬儀の後でも整然として心に障る所のない様は見事だった。境内に綺麗に整い整然とし、入った瞬間に特別な思いがする。室内も落ち着いていて、素直に本堂で御本尊と対面する事が出来る。心配り、これが最も大切なのだと思う。これはお寺に限らずどのような建築であっても、もちろん住宅であっても大切な事でオーナーにしか用意出来ないものだ。いくら綺麗な建築を設計しても心が無ければ心に障り落ち着かなくなってしまう。改めて、実感させられた。


一年点検時のお寺の風景、その一部を。

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お友達に作って頂いたのだそうだ。これが玄関ホールに飾られている。唯我独尊に象・・・何とも意味深い。こういう飾り、心配りが素直に見え感じられる落ち着いた室内に安堵を覚えた。

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そのホールから続く納骨堂、その40m先にある阿弥陀様。ここの光はとても大胆なのだけれど、変わらず綺麗な室内、中空佛の佇まい。

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この日は雨勝ちの曇天、暗い昼間だった。伝統的なお寺では暗く設える内陣は金色で覆われ蝋燭の灯に照らされ御浄土を魅せる。このお寺の本堂は本物の光で浄土を創り上げた。曇天の暗い空の下でも室内は至って健やか、本堂は輝いていた。

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内陣の両袖、「余間」の光景。掛軸は自然照明無しで輝かしい。スチール枠を壁床から切り離して設置し、そこに納めた障子が天空光のみで行灯の如く光る。ここだけは特別に気持ちを込め、丁寧に設えた。相当に無理をしたし、得る為に相当な時間を費やした。成果を確認出来た。

曇天の暗い空は、建築を撮るにはあまりに不向きだ。晴天の空ならそれだけで綺麗で印象良く見えるのだけれど、実は、不利な状況下であっても健やかである事を確認出来たのは幸いだった。この天候で不足が無いのだから。