マンチェスター ”Manchester” の街を眺めた。

 ネットで地図を眺めるのは、とても楽しい。時々、夢中になったりする。昨日は「対馬」を眺め楽しんでしまった。

地図への興味は設計に関わるからに他ならない。「建築」は「場所に住まうための器」に違いなく、その場所を知る事は実に興味深い。合理的、効率的な設計が求められても興味深く、それが住宅の様に住まうのなら特徴を見つけ、いいなーと思える何かを探してしまう。俯瞰して眺める事の出来る地図、航空写真は客観的に眺める事が出来るので、知らない場所をふらりと眺めると想像が膨らむ。

「場所」には明らかな「個性」がある。観察し、その特徴を捉え、活かす生活空間へ導く事こそが設計の要になる。

デザインが強過ぎ勝過ぎると、「場所」と遊離した落ち着かない佇まいになる事は常だ。写真ではどうとでも紹介は出来、映えるアピールも出来るのだけれど、実際にその場所を実感した祭が問われる。それが住宅なら、長く住まう環境となるのだから。

その場所の特徴を活かせるなら、そこに住まう意味をデザインに活かす事も無理なく出来る。建築はそもそも人の時間スケールでは長い時間を共にする事もあり、末永く柔軟に応える事も重要であると思う。数年の間、映えるなら良し!では悩ましい。



この冬にネス湖までミニ機関車を走らせる番組を観た。ネス湖は一度、行った事がある。期せずしてではあった。お正月は一日か二日しか休まない日本とは違い、イギリスへ行った際はクリスマス前から美術館の類も含め閉鎖されてしまった。長いクリスマス休暇をどう過ごそうか悩み、列車パスを持っていたので、出来るだけ遠くへ行こうと思い立ち、遠く北へ向った。その最北がインバネスだった。寒かった。

あまりの寒さにエディンバラで購入したコールテンのジャケットは、実は今も愛用しているのでした。


スコットランドは映画「トレイン・スポッティング」「ブラス」等で観た。確かにそういう光景なのだと実感はある。googleで地図を眺め出し、或る夜はイギリス本島?の中央に目が止まる。

そこから暫く眺めた。


大西洋側にはアイルランドがあり、本当と間には「アイリッシュ海」がある。アーサー・ランサムツバメ号とアマゾン号は海の中央にあるマン島の北側、今回目に止まったのは南側だった。左手にはビートルズで有名なリバプールがある。

気になったのは「マンチェスター」だった。今の私の場合、イギリスを知るのはサッカーに尽きるらしい。今でも、右にベッカム、左にギグス、中央はコールとヨークでセカンドストライカースコールズ、キャプテンは中央にキーン・・・のマンUは理想的に思えてしまう。


そのマンチェスターを眺めると、黄色い〇の左がオールド・トラッフォードマンチェスター・ユナイテッドのホーム、右がエティハド・スタジアムマンチャスター・シティのホームになる。左は工場群のある庶民的な地域で、左はハイソな地域になるのだと思う。

アイリッシュ海」はリバプールから続く「マージー川」が内陸奥へ続き、そこから運河を建設したのではないだろうか、マンチェスターに伸びる。古くからの街に違いないのは、イギリスの背骨となる道沿いにあるから。ピーク・ ディストリクト 国立公園 の右手にはシェフィールドがある。左手は運河を築いたマンチェスターがある。北にリーズ、南にバーミンガム、主要な幹線の要だったに違いなく、工業発展時にも重要な場所として工業が発展したに違いない。

その辺は・・・図書館で調べ出せば悩ましいけれど、ウィキペディアを10分も眺めたら勘違いしつつも知識は深められるのかもしれない。


マンチェスターの市街は、高速道路で囲まれたこの範囲が旧市街になるのだろうか。運河もあれば博物館や大きな教会など、町として必要な施設が揃っているように見える。ショッピングセンターも多数あり、それは眺めて実に楽しい。郊外の巨大なスーパーではなく、既存の街並み落とし込まれた路地に発達した市場、という具合だ。

右下の黄色〇が駅になる。欧州の駅は基本的に終着駅型になる。旧市街は古い建物が多く、市街の中央にまで駅や線路が導かれてはいない。

見つけた様々を記し残して置きたい気持ちはあるものの・・・この町での生活を垣間見たい。そこで、郊外の住宅地らしきを眺めに行く。


平坦ではなく河川もあり、城壁があったのなら所以なのか、街並みは直行はしない複雑な区画で覆われている。眺めると、緑がとても多い。ここを眺めた後で札幌の眺めると、愕然とするほどにグレー一色で彩られていた。


産業革命後に人口の集中が発生し、スラム街も生み出したはず。上水下水の設備は整わず疫病に悩まされた経験もあれば、日本よりも先に公害も経験しただろう。そういう経験から今に至るのか、緑は多く住環境は目を見張る。

これが庶民的な環境なのか、裕福な環境なのかは分からない。ただ、適度に混み合う場所に見える。より郊外へ行けば所謂ビラが立ち並ぶ場所もある。その意味では一般的な環境に見えた。興味を持ってストリートヴューも眺めた。


碁盤目に切られた近所の街区が分かり良い。道路で囲われた一区画、南北に11戸のテラスハウスがあり、区画内に22戸の住戸がある。住まいは戸建てには拘らず、外との関係が重視されているようだ。

住まいの玄関は道路側にある。北と南に配置された長い長屋の間は各々の庭があり、塀が設けられプライバシーを確保されている。その中央には路地があり、生活動線になっているようだ。


この街区の道路側を眺める。「街並」が形成されている。玄関はこちら側にあり、各住戸は各々に植栽で飾り、同じデザインの繰り返しもあるものの個性を失うずにある。路駐は文化だろうな。

今は違うとは思うけれど、都心の集合住宅街なら当然の路駐、駐車する隙間を作るか、脱出するスペースを得る為に「バンパー」で当てたり押したりする風景が以前にはあった。昔のメルセデスのバンパーが何故ゴツイのか、理解させらる光景はそこ等じゅうで眺める事が出来た。


街区の中央の生活道路は人のみが行き交う。庭へのアクセスの他、ゴミ出し等に使われていて、道路のある表側には見せない生活感が強く漂う。テラスハウス住戸の各庭はそこそこ高い塀で囲われているので、極めて広くはないけれど、家庭菜園には十分、BBQの出来るスペースもありそう。低層の住まいはおそらく、一階にLDKがあり、庭と一体的な生活環境があるに違いない。誰かに覗かれる事もなし。



記して置きたいと思ったのは、地域性や文化、今に至る経過、得た現状を垣間見たから。日本とはまるで違う感性か価値がある。束の間に眺めたネット上の光景が全てとは思わないけれど、確実に違う事だけは理解が出来る。「土地」の所有を優先すれば出来ない光景だ。土地を所有しても隣地との関係が不確かならプライベートな庭を通じて外と一体的な生活空間の広がりはない。

しばしばコート(庭)を囲うコートハウスを考えるのだけれど、ここでは基本的に全ての住居がコートハウスとなっている。

住居によってはイギリスらしくB&Bもあるだろうし、実際に訪ね眺めて観ない事には良し悪しは分らないけれど、これを良しとして街区が形成され、現に大都市の住宅事情を知るには十分、知り認めなければならない強烈な印象が残った。

北海道でも札幌近郊の外と内の関係が良好とは思わない。そこに設計ヒントがあるのだけれど、他を見ればそこまでキリキリとせずとも良好に思える環境を創り得る。予知や余裕のある場所でなら選択肢は多い。そうではない場合、街区を一つの敷地と考え平面的な集合住宅を考えるなら、効率的で合理的にこのような住環境を求める実例を見つけてしまった。びっくりした。

これを成すには建築家のみならず、都市計画家や不動産、税制等の公共技術に市民の認識に価値観の醸成が欠かせない。素直に見事だと思えたので、記す。



MAP地図は使い勝手が良く様々にマークを置くことが出来る。時々夜に彷徨う事があるのだけれど、以前に訪ねた建築を、気になった場所に印をつける事が出来る。記すと決めたなら書く時間は要するものの情報は残している。でも本当は、何も知らずに現地で出会えたなら混乱するくらいに驚かされるのだろうな、と思う。どこのどの街を眺めても容易ではなく面白い。