光明寺設計物語【2017.09.05~09.06】悩む。

事例を回った最後がこの日、8月も2度訪ね、
その際に問題を理解するに至る。
訪ねた際はとにかく、本堂に通った。
この御本尊のある場所を設計するには、
今を理解し感じ入る事が欠かせなかった。
分かるまで、それは高望みではあるものの、
理解に努めるべく、この頃には平然と
恐れ多くも内陣に踏み入り眺め過ごした。
設計者でなければ出来ない芸当だ。
遠慮しては何も出来ない。

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今は無い嘗てのお寺、その内陣の一枚。
御本尊は大きく、空殿に御尊顔は隠れる。

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内陣に在るものも機会毎に眺める。
この様な吊られている灯篭など様々な仏具在り。
それが光を映え綺麗に眼前に広がる。

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実施設計を前提として進む計画は佳境に入る。
お寺、守るのは坊守の仕事となる。世代交代を
期したこの計画では必然的に次にお寺を守るのは
坊守となる。実は全ての決定権を有する方かも。

庫裡は居住スペースと見れば住宅に相違ない。
けれどお寺を守る方の居住スペースに違いない。
故に一般住宅には無い責任ある要求がある。



設計上重要な命題となった肝心な事を記す。

古いお寺は基本となる諸室はあったものの、
決定的な事に門徒様を迎える応接室が無い。
無い事もないのだけれど、基本は庫裡へ招く。
庫裡には住職、坊守の住まいに他ならず、
家で言えばリビングが応接室となっていた。
私生活を見せてしまう仕組みが常となっていて、
公私の無い生活スタイルが確立されていた。

見学した事例ではこの庫裡の在り様は興味深く、
その多くはお寺の仕事と切り離せるだけ十分に
隔離されていたように思う。

けれど私としては、このお寺と訪ねて以来、
常に庫裡に招かれ持成される事に嬉しさを
覚えてもいた。お彼岸や永代法要の際も、
門徒様方々はここを訪ねられ、時に世間話をし、
楽しげに親しく過ごされていたのは印象的。

新しいお寺において庫裡はどう在るべきか?
本気でこの問いに解等を探すべく、今後は
しばらく、訪ねる毎に忙しく在る若坊守
捕まえては一緒に考え過ごす事になった。

添付の座布団の散らかる写真、これは実践。
計画した庫裡を理解するために、本堂を使い、
そこに座布団を敷き計画の庫裡の実寸を
確かめている。図面では理解は出来ないので、
模型は小さいし、実寸での確認は間違い無い。

この後、訪ねれば必ず本堂に座布団を並べ
一緒に頭を抱えて悩み過ごすのだけれど、
席を外していた若住職がその様を見て、
「何事!?」と言う顔をされていたのが
実は本当に印象に残っている。

まー確かに意味不明な一枚の写真だと思う。
設計倫理に従い最善を提案する私、
実践を想像して適当か思案される若坊守
嫌悪な程に真剣に頭を抱える二人を見る若住職。
そして、本堂に散らかる座布団・・・


この機会は泊りで音更を訪ねる。
事例見学もあり、若坊守との協議は長時間が
予想されたので。若住職は互いに理解を
深めようと取り組まれたのか、本当に丁寧に
泊りの際は帯広の夜の街を案内下さった。

単に飲みに出るだけ?ではない。
飲み屋はその場の実勢を知る実に良い機会だ。
帯広は寒い冬でも街中には人が多く在る。
元気な証だと思う。音更も現敷地はタクシーで
近しい距離にある。冬場は農家も時間余裕があり、
遠くからも来る人は多いらしい。
台風等で被害があれば人の数は如実に減るらしい。

地場の美味しい食も案内頂けたし、お陰で、
今は一人でも出歩けるくらいに至れた。
・・・先日の打ち上げでは、知ったつもりで歩き、
道に迷ったのだけれどね。