カテドラル その⑥ 【 サグラダ・ファミリア 】

サグラダ・ファミリア (La Sagrada Família)』

基本的に訪ねた際は写真を撮る。この旅では数千枚を撮った。あまりに撮るのでフィルムに困り、もっとも安価なイルフォードの白黒フィルムを現地調達し使う。ただ、自分の手を動かさなければと毎日スケッチを描いていた。ロットリングのアートペンのインクを何本使ったのか、想像出来ない。ジャコメッティーの絵のように線を重ねると一枚にカートリッジ一本を使う事もしばしばだった。シャープペンの芯を日に1本以上を消費していた卒業設計なみの仕事を果たしていた。

格子状の街並みのバルセロナ、この教会から斜めに伸びる道を歩いて辿り着く。何度か訪ねたのだけれど或る夜、その道で大切なアートペンを落とした。不注意だった。唯一の武器と思えたペンを失った衝撃は計り知れず、探し回った。その道で見つけたのだけれど踏まれてペン先が割れていた。デジタルカメラとは違い、写真は現像しなければ確認は出来ず、それは帰国後の事になる。見て知った証は自らのスケッチのみだった。

教会前の広場、水盤に写り込む美しい教会を前にして残された鉛筆で挑んだ夜の、哀しい一枚がこれだ。

巨大な石積みの建築の夜は漆黒の深い闇を深く伴う。開口部の全て、凹凸の全てが闇となり、背後は黒い影となり、そもそも人が掘り上げた石の表面のテクスチャーの全てに重みのある陰影が覆う。その強い存在感は忘れ難い。

この時に私が出会った教会は生誕のファサードと言い、ガウディの手がけた唯一のファサードになる。学生の時に授業で点描させられた、正にそのファサードが目の前にあった。A1だったろうか、大きな点描図面の青焼きが配られ、A3のトレーシングペーパーで透かし、何処を描いても良いという即日課題だったと思う。塔を選べば白地も多く早く終えられる。私はど真ん中に挑み、ひたすら製図ぺンで点々した。その実物を前にアートペンで線を重ねるのを楽しみにしていたのに、失われ叶わぬ哀しい夜だった。

ロットリングはドイツのメーカーなので手に入れられるかもしれないと気づき、翌日は画材店巡りをして過ごした。実は容易に見つける事が出来、再びスケッチ環境が整った。インクやスケッチブックも調達したと思う。以後のスケッチはバルセロナで購入したドイツ製のペンで行われる。


この教会の建設当時、バルセロナは爆発的に人口が増え、街中から緑が一斉に失われたらしい。そこに築かれた教会の、その足元の彫刻は鉄製の直物だ。至る所どこまでも隅々にまで設計者の心遣いがあり、気付けば眺めていた。

おそらく、これを描き出してしまったのでペンで教会全体を描く時間を使ってしまったのだと思う。

この教会はそれまでの組積の構造とは違い、カテナリー曲線が使われている。一般には下から順に積み上げる必要がある構造、その方法ならガウディは一つのファサードも残す事は出来なかっただろう。構造的に完結出来るこの曲線を発見し使う事が出来た故に、単体のファサードのみを残す事が出来ている。当然ながら一人の設計者が最後まで見届けられる工期ではなく、後の人が築く上で規範となるものを残す必要があった。そのファサードの一つが聳えていた。


教会は他にもたくさん訪ね、多くを描いた。時にミサ?にも並んだ。日本のお寺の文化とは違い、靴を脱がずに入れる教会に敷居はなく、そこに住まう人達の生活の一部を垣間見ることが許された。バルセロナでは日曜日に地下聖堂へ行き礼拝に参列もした。どう使われているのかこそが気になる。


ウエストミンスター寺院と大聖堂の勘違いから思い出して巡らせたカテドラル、一先ずここまで。



■記事一覧
カテドラル その① 【 ウェストミンスター大聖堂 】
カテドラル その② 「カテドラル」デビット・マコーレイ作 岩浪出版 
カテドラル その③ 【 キングス・カレッジ・チャペル 】
カテドラル その④ 【 ノートルダム大聖堂 】
カテドラル その⑤ 【 ケルン大聖堂 】
カテドラル その⑥ 【 サグラダ・ファミリア 】