【Bookshelf】その③ 『模型』

【Bookshelf】のコンペは提案が選ばれクライアントにお会いしプレゼンテーションをする機会を得た。この時に備えて模型を製作した。優秀案になるまではお金の発生しない仕事なので、そもそも使える時間がない。大きな事務所で大きなコンペに参加できるならコンペ部隊もあるのだけれど、ややスケールは違う。通常業務をしつつなので、結局は徹夜で製作をする事になる。1/100スケールで描いた平面や立面を一気に1/50スケールに上げて下図を製作をする。1/50の模型を一晩で作るのだから、正気ではないな。

今の私の設計では、もちろん趣味的にミニチュアを作り楽しむ事はないので最短で製作をするけれど、よりもっとクライアントにお見せしたい模型製作を行う。例えば【Moai in ny】ではこのような具合だった。これは1/30スケールの大きな模型で、外壁は4面とも取り外す事が出来、2階も床から取り外せるように製作をしている。その仕組みを考えるだけでもパズルだった。でも、その甲斐がある。創造した空間の中で想像を楽しんで頂ける初めての機会、できるだけ正しく伝えたい。

では【Bookshelf】ではどうか?徹夜の突貫ながら懸命だった。たしか、プレゼンテーション前夜にはまだ下書きが在るだけだったと思う。翌朝には出来ている。凄いな。なのでテンションは高くけれど寝ていないので目つきは悪く、当時のクライアントは驚くか怖かったに違いない。今でも初対面の時の事を印象深く話して下さるのだけれど、それはもう不可抗力なので受け入れて欲しいです。

まぁ、今もギリギリまで温め待つ質なので、模型を持って乗り込む時は多少は血走った眼をしているだろう事はは否めない。仕方ないではないか。私を見て!ではなく模型を見なのだから。

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道路側からの全景。提案後に持ち帰り、改めて模型を撮影する。手前には未だ実現していない車庫棟がある。車があるので大きさ感が伝わるだろうか?建築は大きいのか小さいのか分かりにくいはず。総じて言えば吹き抜けのある総2階と言えるプランながらも聳え立つ絶壁ではなく、人の居るのが似合うスケール感が伝わるだろうと思う。プレゼンテーションは他に数名があるので、その方々が同様に模型を製作していれば明らかに印象が異なったに違いない。

ちなみに私は、アルテピアッツア美唄の安田侃さんの彫刻を指標として用いていることもあり、スケール感に対しては昔からとても厳密だ。折角家を建てたのに、その前に立つと人が疎外され、写真を撮れば巨大な壁面の前で人が小さいというのが許せない。

模型ではすでに、そういうスケール感を確かめる事ができる。その意味で、考えた事を検証する上で模型が欠かせない。プレゼンテーションとは言いつつも実は、エスキース模型だと告白出来る。計画時点でスケール感を失っていれば、その建築を救う事は奇跡を求めるに等しい。

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手間に車庫を置くと、建物が隠れる大きさだ。あれ?本当にここに計画した全てのスペースが納まっているのか!と不安を覚える。

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パースの角度に近い模型写真。
実は現実には見る事が出来ない。お隣さんの家の中からなら或いは。

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この写真は興味深い。建物は18mを超える。けれど、薄くもある。その心は敷地との呼応にある。つまり、『庭』がある。敷地内で完結出来るように「引き」を南側に設けている。数々の2世帯住宅エスキースのプランでは標準的に考えると、ここまでの庭の広がりは得られなかった。室内空間の健やかさは窓の外までを含めて考える必要がある。窓の外に恵まれた遠景があるのなら肯定するけれど、現実には閉ざされた敷地内になる。コートハウスとする案はあるけれど、この敷地は囲うには広すぎた。しかも閉鎖するには大らかな地域性もあり閉じ切るのは惜しい。

敷地を見て感じた事、これも温め待った成果になる。敷地を使い切れなければ、明らかな間違いに至らずとも違和感を残してしまう事になる。そういう建築は実はとても多いのが現実だ。写真は綺麗に写す事が出来るのだけれど、実際には周囲まで見えてしまうのだから現実には嘘を付けない。

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これは後に加工を加えた、夜景写真。実際もこう見える。


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『空間は断面に宿る。』北側高窓採光も使う室内は、その薄さから短辺方向はドマ+居室となる。2階もドマと連続しているので室内は北高窓からの柔らかい光で包まれている。南側に大きな窓を設けたがる嫌いは一般にはあるのだけれど、この模型写真の通りで、ドマ部分に住みたいか?と問われれば正直、暑いのでは嫌だ。冬でも暑いよ。その明るい場所を眺められる奥に落ち着いて住まいたい。換気は上下の高低差も利用ができるので必ず最適な換気経路を探せる。

模型写真に背景や空を足した加工写真はイメージを伝えるためのもの、実際にとても近い。それは実際に訪ねた際に実感出来る。

この模型、今も玄関収納間のカウンター上に飾られている。いい加減、恥ずかしい気はするのだけれど、あの徹夜で製作した模型が15年も無事だと思うと驚いてしまう。

実際には実施設計後にも更に詳細模型を製作している。そちらはプレゼンテーション用ではなくエスキース模型、設計上の確認をするための模型だった。パースは作るけれど、実感を得るのは設計当人の私だけだとは理解をしている。これまでの経験から相関関係を常に観察し学んだ上での事だ。やはり、模型を見て頂くのが間違いない。図面やパースではなく、クライアントには模型を見て頂くのが何より間違いがない。図面では部屋の大きさ等の平面に捕らわれてしまうし、パースではイメージが先行してしまう。現実に何が建つのか?その空間が何なのか?まだ何もない状況で丁寧に理解を頂けるのではと思う。