【Bookshelf】その② 『パース』

【Bookshelf】はコンペ優秀案で実際に建築をした設計になる。過程を述べると先ず、クライアントの要望が公示され2週間で応える提案を行う。そこから数名が選ばれ直接のプレゼンテーションを行い優秀案を選ぶ。そこで設計契約をし、見積調整の上で地域の施工者とクライアントは工事契約を結ぶ。そして建築が始まる。今は引き渡し後15年を経過している。設計者と施工者は今も健在で関係が保たれ、それは良好と言って良いと思う・・・既に遊び友達でもあるので。


2週間で提案する計画案、時間は最短に近い。私は通常1ヶ月を使う。最短故にとても集中が必要で、そのペースには慣れる必要がある。そんなコンペ案の幾つかはこちらで案内をしているので、覗いてみて下さい。

通常の設計とコンペの設計とでは優先事項に差異がある。基本は同じ「設計」なのだけれど、コンペの場合は功を焦るケースを免れない。通常の設計では石橋を叩いて渡る勢いで、ゴールを高く持ちつつも堅実な提案から始め、徐々に高みをクライアントと共に目指す。ネット等でのコンペはクライアントにとって結局は難関になるのだと思う。功を求める有象無象には無理や無茶な提案も混じる事は否めず、判断出来ずというケースもあったように見受けられる。「何が欲しいか?」を明確に出来る方ならコンペは選択肢の一つになると思う。そうでなければリスクを覚悟する必要があるだろう。優先順位を決められるかどうか、迷えば最後まで、住んでからも迷う事になってしまうので。

当時の提案過程を記すと・・・2週間は計画的に使う。良案を得るには「温める」或いは「想起を待つ」時間がとても大切になる。1ヶ月でも長くはないけれど、あれこれと試行錯誤の余裕がある。そこで選択肢を大きく絞り込む事が出来る。2週間のスケージュールは逆算していた。

7日間をエスキースで標準的な「解」を求めるゾーニングに使いつつ、想は温める。エスキースがそのまま答えになる事はあっても、要望を熟慮して得る想には及ばない。2日は想を試す。まだ温めていて、次の2日で確実な想を試し成果を得る。次の2日でプランと断面までを得て姿にし、パースは最後の夜に徹夜で製作をした。プレゼンテーションに私はパースを使う。何か一つが狂うか間違えば時間オーバーになるギリギリのスケジュールを組み立て、徹底的で最大限に「待つ」ために時間を使い、最後に作業時間程度のみを残して一気に仕上げる。

今思えば、その時の集中に驚く。あの短期間の『創造』が15年後の今に至るのだから、その責任の重さを改めて考えると圧し潰されそうになる。標準的なエスキース・レベルのプランがこの世の設計では多勢で、御用聞き設計なら要望を聞いての上なので決定は設計提案ではなくお客様要望のままと責任を預ける事が出来るだろう。今の私の設計でなら、クライアントが選択できる提案をする。多くの場合、提案する空間は見た事のないものになる。既知の経験や想像で計れるなら良いものの、創造を具体的に想像し判断するのは最早、インスピレーションでしか無いのかもしれない。その手助けとしてプレゼンテーションをする事になる。

書いていて改めて思うけれど、私のこれまでの設計はクライアントに恵まれてたのだと実感する。創造に一緒に挑戦をして下さる方々と巡り合えている。更には施工者にも恵まれている。どうして良くも出会えたのだろう?と不思議に思う程だ。

では、計画案提案時のパースを何点か載せようてみよう。

f:id:N-Tanabe:20211005213411j:plain

この住宅には『ドマ』がある。以前から温めていたアイディアを初めて空間の主骨格として用いた住宅を提案する。『ドマ』は【内の外】となる空間、断熱区画が絶対条件の北海道では室内は閉鎖的になる。ガラス張りなら救われる?ガラスはトリプルガラスでも断熱性能は桁違いに低いので、出来るだけ肯定的に日常生活の場として生活の一部に「外」が取り込まれる空間を考えていた。そのドマを一直線に南側に配置し、二世帯住宅の様々を解決してしまった稀有な住宅が【Bookshelf】になる。

外観は長い。18mに及ぶ長さ。パースで見えているのは南側、ドマ吹抜の空間が前面にある。ここは背を低く保ち、普通の家の1階よりは高いけれど2階よりは遥かに低い位置に軒先が長く伸びている。このスケール感が大切だった。そびえる壁にはならずに人が庭に立つ時に疎外しない適切なスケール感を求め考え抜いた大きさだ。

パースからでは、大きいのか小さいのか良く分からないのではないだろうか。

 

f:id:N-Tanabe:20211005205242j:plain

二世帯住宅となる室内は、『ドマ』が18mを貫いている。中二階程度なが吹き抜けの大きな空間の存在感がこの住まいの要となる。大きな窓を遠慮なく設けては庭と繋がる。奥まり且つ一段高いリビングは、適度に囲われ守られた空間となり落ち着きを導く。現実には採光に相当に注意をし、気を配る事になる。

 

f:id:N-Tanabe:20211005205319j:plain
断面パースは、光について熟慮の成果だ。閉塞感は払拭したい。
2世帯住宅は厄介で、4LDK+2LDKの組み合わせ等となれば果てしなく大きくなってしまう。各室は動線は長く伸び複雑となり、基本はどの室も閉鎖する事を前提としてしまう。要望の拡充を計れば規模は大きくなるのでコストもキリがない。ドマという共用空間は吹き抜けの大きく長い空間で圧倒的な余裕がある。そこに各室は面していて、動線は多様に確保しつつも水廻り等の閉鎖される空間でやんわり区切りつつ、様々なスペースを多く創る事に徹した。当たり前の日常を健やかに送る住宅空間は実は、まるで普通ではなかった。

この設計のクライアントの要望で特に印象に残る事は今もはっきりと覚えている。それは、要望スペースを本棚の数で示されていた事だった。多くの場合、居間は〇〇帖、寝室は〇帖、子供室は〇帖・・・のようになるだろう。クライアントは帖数で大きさを求めるのではなく本棚の本数で示された。本棚は一本をW900×H1800とまで仮定されていた。アウトドア派でありながらも読書家で在る御家族の要望を、最も簡明に伝えられていた。凄い!と感動を覚えたのが設計のはじまりだった。

もちろん、コンペにルールに沿い2週間で計画をする。敷地の中にどう建築するかは正攻法でゾーニングし、敷地と建築と呼応するスケール感を体で覚える事に徹し、恣意や作為は持たずに様々なプランパターンを試しつつ、その間はアイディアを温め過ごした。手を動かしてしまうと答えを探してしまうので禁止する。7日をその時間に当て、2日をアイディア想起につかい、2日でプランを一気にカタチにし、残り3日でプレゼンテーションまで導く。パースは徹夜で仕上げる。徹夜で製作したパースは4枚・・・凄いでしょ?自分でも凄いと思う。けれど、再現しろと言われれば間違いなく断る。

 

ギリギリまで粘る質の私は、最も時間を掛けるべきを「温める事」に費やした。今思えば偶然に出来たに近しい印象を覚える。ただし、この設計はともて楽しい時間だった。あの根詰めた時間で今に至る素性をあの短期間で得る事が出来ていた事に心から安堵する。

『本棚』が全ての居室に求められた。部屋数を綺麗に納めるプランではなく、その本棚にある本を読む場所をどれだけ用意できるかに果敢に挑む計画だった。結果的には要求居室数よりも読書スペースは多くなった。リビングのスペースを眺めても、北側の落ち着いた場所と、ドマの陽射しの中とではまるで違う読書スペースが出来た。ロフトもあるので、その一々をエスキースでは想像し本を読むのを楽しんだ。

読書・・・読書家ではないけれど今は、寝床がまず一番かな。仕事場では本を読むのが仕事をさぼるようで専門書を開く場所、リビングで読むか、もう一つは屋上でだろうか。外で読むのは気持ちいい。【Bookshelf】で土間から続く木デッキも計画、実現している。珈琲を淹れて持ち出すのは容易、あのデッキに椅子を置いての読書はとても贅沢に違いない。そういえば、そこで本を読まれる事があるかは、まだ聞いていなかった。