ラグビーワールドカップ 日本代表戦観戦記を。

ラグビー経験者3人、一人は社会人ラグビーの現役審判員の方々とラグビーワールドカップはプール最終戦の『日本×アルゼンチン』を観戦した。この機会に分らない事をと質問攻めにしてしまった。

ラグビー最大の謎は『ボールを前に投げてはいけない』ルールだろう。では、どうやって前に進むのか?人がボールを持って走りキックで進む。ただし楕円のボールは期待通りには転がってくれないのでアチコチに転がりだす。この捻くれたルールを考えた人はユーモアのある人だったのだろうな。

ラグビー』はフィフティーンと言い選手は15人、相手と合わせると30人もの選手達が入り乱れる。稀に独走するシーンはあるものの、勝つためには得点が必要で、得点するためには相手陣地奥に迫る必要がある。つまり、陣取り合戦が本質だ。そのためには「エリア・コントロールが大切で、自陣でのプレーはリスクが大きく、相手陣内で展開できれば得点チャンスが増える。15人が横に並び相手の突破を許さずに守り、攻めでは相手のラインの突破を狙う。


大会前に復習を兼ねて製作したラグビーのポジション図。


■7番 フランカー(FL):リーチ選手
なぜ彼は守備の際にはアチコチに現れ「おっ!」というタックルが出来るのか?動けるフォワードのフランカーだからだそうな。スクラムでは前5人は組み合っていて直ぐには動けない。フランカーは即座に混雑を離れ走る。守備の際は、狭いサイドでは右端に位置し、サイドが広い時は中ほどに位置する。相手の重量級フォワードが攻めてきた際の対応が味方の軽量バックスの場合(ミスマッチ)では即座にサポートに入り、攻撃時には重量を武器に当たり負けずに走る。

ボール近くの密集ではフォワード陣が当たるのに対し、ボールが展開された際は走れる彼のタックルが要となる理由がわかった。


■9番 スクラムハーフ(SH):流選手、斎藤選手
ボール出しのポジションがスクラムハーフ、誰よりも走り俊敏さが求められる。小柄な選手が多い。日本代表では、タメを作り変化を作れる流選手が先発して様々に相手を撹乱させ、後半から斎藤選手が登場しては速い球出しでテンポ良く攻め続けるのがスタイルなのだと思う。

流選手は残念ながら怪我で離脱、けれどチームには帯同する。ロッカールームで多くの選手達に声掛けするシーンが映像で流れていたけれど、彼の一言は欠かせないのだろうなと心から思う。彼がアルゼンチン戦で出場で来ていれば、流れを引き寄せペースを作るためにあらゆる工夫をしたに違いないけれど、裏方でもあっても必要な選手だ。

斎藤選手は展開の速さが魅力で、本当に直ぐに密集の最後尾については坦々とボールを出す。未だ若いのか変化を生み出すには至らず単調に成りがちに見えるのだけれど懸命で実直、走る事を厭わずに常にサポートを欠かさない。献身的なスタイルが彼のトライに結びついたのだと思う。

代表にはもう一人、福田選手がいるのだけれど、彼は斎藤選手の様な速く展開するタイプらしく、斎藤選手と交代しても違う展開にはなり難いのだそうな。

■海外選手
日本でプレーする南アフリカの英雄デクラーク選手は金髪で分かり易い。守備ではラインに加わり小柄なのに猛烈なタックルをし、攻めでは常にボール最前線を追いかけ、坦々とボールを出し展開させる。早く出し続けて攻撃のテンポを作ったり、キックで陣地を挽回したり、相手の隙を突いたり、タメを作って変化させたり、時に自ら飛び込んで行く。何と言うか、彼一人で試合をコントロールしてしまう強烈な個性ある選手。


■10番 スタンドオフ(SO):松田選手
彼のキックの精度の高さは素晴らしかった。キックの一番上手い選手が担うポジションがスタンドオフ、彼が失敗しても誰も文句が言えないだけ十分に上手い選手が担う。

テストマッチでは李選手スタンドオフで出場していてキックは上手かったけれど、もう一つ肝心な部分が不足らしい。キックは展開においても重要な武器で、自信を持ってプレーをする必要がある。エゴイストになり、俺に着いて来い!くらいの勢いが必要なようだ。

流れでの中でのキックは大変に難しく、蹴れば味方を走らせる事になる。走っても追いつけない程に深く蹴っては相手にボールを渡すだけになり、浅く短いと効果的ではなくボールを失う可能性がある。相手の居ない、味方が走り込めるスペースを見つけては的確に蹴り、走らせられるか?彼のキックをチームメイトが信頼して走れるかどうか。

松田選手のコンバージョンゴールやペナルティゴールは驚くほどの精度で、この大会の最大の功労者だったかもしれない。ただ、アルゼンチン戦ではドロップゴールを狙うもチャージされ失点に繋がってもいる。流れの中では効果的に蹴る事が出来ず、相当に悔しい思いをしたに違いない。試合後のインタヴューでは泣きはらした赤い目だったのは、そういう事なのだと思う。

ただ、それにしてもキックは素晴らしく安定していた。テストマッチが嘘の様。外したのは角度のないキックのみだったと思う。唯一静寂の中でのキック、決めて当然が求められる場面、キッカーはお決まりのルーティーンがあって、嘗ては五郎丸選手の忍法のようなスタイルが人気になったけれど、余程の集中力が求められる。

入れて当然!の場面で登場するのだから、あのポジションは怖い。自分なら逃げ出したくなるかもしれない。

■海外選手
イングランドジョージ・フォード選手は鮮烈だった。初戦は前半にレッドカード退場となり数的不利の苦境に陥る。元々調子が良いわけではないチーム状況に追い打ちをかけるのだけれど、それがチームを一つにし決心させたのだと思う。「キック主体で戦う」と。つまり、フォードを最大限に使う事に徹する。

滅多に見られないドロップゴールを立て続けに決めてみせ、相手陣内で反則を得てはペナルティーゴールで加点して行く。トライをせずに気付けば大差となる不思議にして堅実な伝統的なイングランドのスタイルだろうか。こういうスタイルもあるのか!と改めて驚かされた。

嘗てイングランドにはウィルキンソンという名選手が居た。その活躍は目を見張るもので惚れ惚れさせられた。それを彷彿させる系譜が今もイングランドには息づいているらしい。

ウェールズダン・ビガー選手も忘れ難い。彼の前回大会の雄姿は覚えている。けれどゲーム中にケガをして交代するハプニングがあった。交代したのはガレス・アンスコム選手。控えに甘んじていたのかと思えば競い合うライバルらしく、期せずしてプレーするのだけれどビガー選手の不在を微塵も感じさせない大活躍だった。ウェールズ vs オーストラリア戦の後半8分程のプレー、示し合わせてゴール前で小さくキックし、センターのトンプキンズがキャッチしてそのまま決めたトライは特に印象的だった。

大好きなニュージーランドスタンドオフボーデン・バレット選手。彼のプレーは華があり、魅せるニュージーランドラグビーを体現する選手の一人だ。楕円のボールをどうしてああも都合良く操れるのか不思議。バスケットボールの「アーリーウープ」、パスを空中で受けてそのままダンクするのに似て、キックのボールを中空で受けてそのままトライをする離れ業を平然と狙う。どういう指示をするのか意思伝達があれば可能なのか?選手達が咄嗟に連動する様は全く不思議で華やか、そういう質のプレーが80分の間ずっと続く。ちなみにバレット選手はセンターやフルバックに入る。


スクリューボール
楕円の長い方軸に回転させるとボールは遠くまで飛ぶのだそうだ。投げても蹴っても。ただコントロールはし難いので、昨今の精度の高いプレーでは縦に回転させるボールが主流だと聞いた。また、今のボールは芯がしっかりしているのでペナルティーゴールの際は真下を蹴り上げるとも。

ボールは高校以来触った事がないし、こればかりは体感しないとわからなさそう。


■会話
これがお尋ねして最も興味深い事だった。試合中は只管会話に徹するらしい。

例えばバックスは15番のフルバックと11番と14番のウイングの選手は、2人が最後尾に残り後ろのスペースをカバーする。50-22という新しいルールでは自陣から敵陣深くに蹴りだせばマイボールのラインアウトとなるので、守備の際はより慎重になるらしい。そこでは会話が欠かせないのだそうだ。指示を出す必要もある。特にフルバックは後ろから全景を眺められるので、攻めでも守備でも大局を見通す大切な役割を担う。どう守り、どう攻めるかを常に会話し、時に先輩も後輩も関係なく怒鳴りつけるらしい。走れ!起きろ!ばかりではなく、修正指示も多々のようだ。

例えばスクラムハーフには後方から指示が飛ぶらしい。攻撃時には常にボール出しを担うべく前線に張り付いているので全体を見渡せるわけではない。知った様に展開させる時は当然、その情報が後ろから与えられるのだという。

プレーでは華やかなオフロードパス、タックルされても倒れずにボールを投げ渡す華麗なプレーは、適当に投げ出しているようにも見えるのだけれど、90%以上だったか、確実でなければ出さないのが当然らしい。間違えば相手にボールを渡す事になり一気に危険な状況に陥る。ここでも会話は重要で、サポートする選手は常にボールを持つ選手に声掛けし、どこに居るのかを伝えているのだという。オフロードではないけれど、斎藤選手のトライはサポートとしてボールを持った選手の少し後ろを並走しフリーでボールを受けていた。走っている選手が周囲の状況を確実に把握するのは難しい。そこで会話が大切になる。声が届いていれば、あとは練習通りに球を出せば良い。


ラインアウトの様なリスタート時は用意してきた戦術が使える。流れの中ではそういうチャンスは少なく臨機応変が求められるのだけれど、それが15人も居て間違えば右往左往する事になるだろうに、しっかり統率され一つの生き物のように動くには「会話」があればこそ。言わずとも分かる!程に密な練習の上でだからこそ、最後の一言が効果を発揮するのだろう。

私の興味は、どのような会話が試合中になされていたのか?だ。これは殆ど聞く事がない。あの一言で、複数人で声掛けし合い勝取ったトライがあるに違いない。誰それの声掛けでスペースを見つけ蹴ったキックがトライに繋がる!という事もあるだのだろう。又は、腹立つ声やお叱りを受けた声掛けもあったりするのだろうな。


■雑感
長文になってしまったのだけれど、忘れずに留めて置きたく、建築にはまるで関係はないものの、書き込みます。

サッカーもそうなのだけれど、得点するためには相手陣内深くに攻め入るのが最良、図面のような白い四角の面を舞台(敷地)に行われる陣取合戦はとても興味深い。サッカーなら例えば華麗な「スルーパス」のような動線を探したくなる。そこに至るまでにどの様に布陣し攻めるのかに興味を覚える。ラグビーではスルーは先ず無く、堅実に陣地を回復しては止まらずにフェーズを重ねて行き、その中で相手の隙を見逃さず、ミスを犯さず、自分達の得意部分を使い、得点を狙う。とても緻密で高度な技術に裏付けられた即興の臨機応変な様、眺めていて本当に気持ちが良い。アルゼンチンには負けたけれど、日本のトライはどれもが素晴らしかった。あの輝き、閃き、成果はとても印象が良く、覚えておくと何かの際のヒントになってくれそうな気がしている。