スズメバチ

昆虫好きな私のこの夏の成果は、超危険生物であるスズメバチの採集に違いない。

採取場所? 勿論、このアトリエ室内で!

今年は巣が近くにあるのか、アトリエは探索方位が同じ群の巡回コースに入っていたらしい。この近辺の自然界では頂点に君臨する生物は私が居ようとお構いなく室内を丁寧に見て回るのが日課の夏だった。

たまに近くで眺め観察するのは楽しい。クローゼットの中でも平然と飛び回る上に俊敏で速い。オニヤンマがF1マシンならスズメバチWRCラリーカーだろうか、飛翔能力はずば抜けている。ただ、頻度が高過ぎると怖い。今年最大のトラブルは「ハチに刺された事」だろう。それは出合い頭で、机の縁にいたらしく、座った際に驚かせてしまい刺された。刃物で刺されたらこんな感じなのだろうな!という激痛はトラウマだ。

刺したのはスズメバチの中でも人とのトラブルが多いらしい『キイロスズメバチ。虫が苦手な方は写真はクリックしない方が良いです。画像が大きくなるので。


単独行動するらしいキイロスズメバチ、悩んだ末に編み出した採集方法は掃除機吸引であった。ホースの口を驚かさぬ様にゆっくり近づけて吸い取る。仲間を呼び寄せるタイプのスズメバチならアトリエは大混乱に陥っただろうな。

まさか超危険生物を20匹以上も採集する事になるとは!妙な満足感のある夏だった。

何となく集めてしまったので昆虫標本に挑戦してみた。小さく丸まって固まっている亡骸を夜な夜な数匹ずつ水に浸けて関節を柔らかくし、針をさして標本にした。小さいので余り上手くは出来なかったのだけれど。


模型製作用のスチレンボードで取り合えずの箱る。ちなみに右上は『オオスズメバチ』だ。これは数年前に室内で無くなっているのを見つけた。この機会にと標本にする。

オオスズメバチの体長は4cm程になる。子供の頃にクワガタを捕まえに樹液のある場所に行けば、しばしばスズメバチが陣取っていた事がある。この大きさなら納得だ。

15匹を並べたのが『キイロスズメバチで、体長は2.5cm程と小型だ。スズメバチの種類は大小差と腹部のトラ模様に違いがある以外、基本は同じデザインだ。並べると小さく見えるけれど、ヒグマに比べたらツキノワグマは小さいよ!と言っているようなものだろう。

あれ?2度目はアナフィキラシーショック?出来れば来年は遠くに巣をつくり、日々の順路から外して欲しい。



テレビで特集を観た。ハチは3億年前から居て、スズメバチ種は5000万年前からという。恐竜の絶滅が6500万年前の事、程なくして巣作りする生活が始まったようだ。人は200万年前に分岐し、ホモサピエンスは30万年前からの新参種、社会生活を送る生物の大先輩になる。

狩りに特化した形態は腰の括れ具合がスーパーモデル顔負けのプロポーション。腹部には腸があるらしいけれど括れは細く固形物は通らない。狩った肉を幼虫に与え、代わりに幼虫の栄養価の高い唾液?を成虫は餌にすると初めて知った。幼虫を自分の胃や腸として使うシステムなのだそうだ。これは物凄い。

そもそも成虫はこれ以上は成長しない。動き続けるに必要な水分と糖分があれば足る。栄養を蓄える脂肪などは無く、捕獲すると数時間で亡くなってしまう。



本当はにも興味がる。これは建築的な興味。室内は六角形の幼虫の部屋を並べる効率的なプランがあり、これを幾層にも重ねた断面構成を持つ。外壁は秀逸で植物繊維を唾液で固めた「紙」状の幕を何層にも重ね造られている。

巣は春から秋の、10度以下から30度以上までの環境下で使われる。ハチは気温変化に弱い変温動物なので、室内を最適温度に保つ必要がある。紙を幾重にも重ねると空気を断熱材として取り込めるので理想的だ。

また最大1000匹が住むとも聞く室内は湿度管理が欠かせない。湿気るとカビが生えたり虫が沸く。人の家は木造ならビニールの膜で覆い絶縁し機械を使って換気し室内環境を調整する。対してハチの巣は、紙状の外皮の透湿抵抗はおそらく小さく室内水分を徐々に外へ逃がす自然換気が出来ているはずだ。

勤勉な働きバチが居るので清掃も行き届いているはず、室内は極めて清潔で良好な環境が維持される。何の利器も使わずに自然の摂理に応じたパッシブな手法のみで快適環境を創ってしまう蟻や蜂の類の技術に、実は人は未だ遠く及ばない。


ちなみにスズメバチは超危険生物ではあるけれど「益虫」である。彼等が虫を餌にしていてくれるからバランスが保たれる。もしもスズメバチが居なかったら、例えば蚊が大量に発生したり、何かの蛾や蝶が大量に発生したりするかもしれない。

オオカミを絶滅させてしまったために鹿が増え、その鹿を捕食する機会に熊が肉の味を覚える具合の、今の北海道で起きている事を考えると、スズメバチ=オオカミに相当するのだと思う。

5000万年も種が続くスズメバチ、現代よりもより高温、或いは低温の過酷な自然環境を生き抜き今も側に居る、恐るべき隣人。