羽音。

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間もなく11月という、ある朝は羽音で睡眠が途切れた。ハエやカではなく、ハチ程ではない謎の羽音の主が何者か?昼間開けた窓から入り閉じ込めてしまったかもしれないと主を探せば、窓辺に居たのは『イトトンボ』だった。朝方のまだ低い陽差しで撮られた写真では色が写らず、図鑑を見ても種別は判別出来ない。とても小さなトンボで、伸ばした人差し指にのってくれるのだけれど、私の人差し指の一関節に過ぎない。このサイズなら今シーズン2世代目か3世代目になるのだろうか。大型のトンボは数年をヤゴで水中でで過ごす。成虫のトンボの時期は極僅か。この小さなイトトンボは体を大きくする事でではなく数多く成虫を送り出す事で子孫を残す可能性を増す選択をしたのかもしれない。

生物の生存戦略は実に巧みに準備されていて、気候変動に柔軟に対応する仕組みがある。ある時間だけを眺めると個々に懸命に見えるけれど、一年或いは数年を眺めると全体としてどう子孫を残すのかが計画されている。単年若しくは複数年の冷夏で子孫が絶えてしまわない工夫は既に経験済みで実践している。場所によってはまだ、トンボは飛んでいる。それが水場から離れられないはずなのに行動範囲は、この小さなトンボでも私の所の寝室に彷徨いこめる程に広い。近場なら、中島公園なのかな?

恐らくは、冒険が過ぎて戻れなくなった、世間では既にシーズンは終わったと思われる頃に果敢に挑んだ者か、気ままに考え無しに飛んできてしまった馬鹿者か、君は何者だ?

型ガラスを背にして止まるトンボ、まさか今時期にマジマジと観察の出来る機会があるとは!・・・ただ、こちらは寝起きで写真を撮るのが精々、種別も区別出来ず。ひょっとすると、より安全な場所を選んでここに居たのかもしれない。でも、ここに居ては目的も果たせなかろうと人差し指に載せて外へ放した。既にシーズン終盤で遠くまで飛ぶ力はないのかもしれない。飛び立ったかと思えば直ぐにお隣さんの屋根下へ。タイミング悪く、その後に雨が降っていた。気が付きて眺めると、そこにはもう居なかったけれど、このトンボはどこへ行っただろう?

飛び始めて直ぐ、既に主はいない蜘蛛の巣があって、そちらへ向かった時は焦った。捕らわれてしまったら、どう助けよう?と瞬時にあれこれ考えてしまった。



長らく楽しんでいた『モネ』、とうとう終わる。毎朝起きるのが楽しみであった。結局は何だったんだ?という話でも前を向いていた事だけは忘れられない。まぁ、歳のせいで感情移入するのは父親連中なわけで、それがカッコ良い父親達が出ていた。所作などキレが鋭く、ある日突然に真剣を構えていそうな程に鋭く、それはある一瞬のシーンなのに緊張感を確かに残していて、若者たちの右往左往を見守っていた。先行く者の、より厳しい緊張の様を瞬時に表出し、朝にボケーと眺める私を律するに十分な勢いで。おじさんにしか出来ない、おじさんだから出来る事が確かにある。

このトンボ、今シーズン最後のおじさんだったのだろうな。美しい羽根は流石にトンボ、人工で作られた型ガラスのボケた背景でその繊細さを徹底的に見せてくれた。人知では未だ到底及ばぬ究極の美の世界。まだ痛んではなく奇麗だったので、ひょっとすると未だ飛んでいるかもしれない。